バビロン2巻部分について




りゅうおうのおしごと!の鹿路庭珠代(たまよん)と祭神雷(イカちゃん)は近しい存在なのではないか
533 自分:風の谷の名無しさん@実況は実況板で (ワッチョイ 47f7-k3ZN)[sage] 投稿日:2018/03/06(火) 19:14:02.15 id:jPFqv6WX0 [1/2]
>>439
思ったんだが、重複する要素があるところはことごとくカットしてるのかもな
珠代はイカちゃんの影として作られてる気がして
・たまよん「感想戦の時も相手をやたら気遣いながらする、それをやらないと異物として扱われる、そのありようが疑問だった」
イカちゃん「女流はクソ、居ると腐る」
・たまよんは盤外戦術として天衣を侮辱する、イカちゃんは相手を侮辱するためだけに侮辱する
・たまよんは強さを求めて男性棋士と積極的に研究会をしようとする、イカちゃんは強くなるためだけに八一の彼女になろうとした挙句不法侵入
さらに盤外戦術のところは桂香VSタブルあいとかぶる
桂香VS千ちゃんは千ちゃん自身がもう一人の桂香なうえにやっぱり3巻部分と被って
あいVS飛鳥、あいVS桂香、桂香VS千ちゃんの3つが被ってて、その一つのあいVS桂香だけやったと思えば
考えとしてはわからなくもない
自分の書き込みだがまあメモ代わりに
叛逆の物語終盤の「説得力」について(またもやネタバレ)
7 名前:見ろ!名無しがゴミのようだ![] 投稿日:2013/10/29(火) 11:12:59.94 id:BKXCSPid
この作品において「願い事」は絶対不変の現象であって欲しかったというのが視聴者の想いでも
あったはずだ。
でなければ、命を賭してかなえる意味がない
打ち消されたり無効化されるには同等の願いか、それ以上の力といった表現でないと視聴者は納得しないだろう
そういった気持ちをこの脚本は拾いきれていなかった。
これだけでも三流以下の作品だといえるね
こういう書き込みを見た
確かに似たようなことを思う人もいるだろうなあと思ったが、
ただ俺はほむらがまどかに介入できたのはなんとなく納得できるんだよなあ
まどかの「願いをかなえる力」の強さの根拠が何かと言えば
ほむらによるループだ。そして他の魔法少女と違ってまどかだけが力を得た理由はたかが、あえてたかがというが
ほむらのループ目的がまどかの生存だったというだけなんだな。
ほむらに愛され、継続した記憶も持たず魔法少女として死亡したり、魔女になったりを繰り返して
人間として存在したまどかが力を持つならば
まどかを愛し、継続した記憶の中で魔法少女として同じ数のループを繰り返したほむらが抱える因果は
魔法少女として抱える呪いは、まどかと同等かそれ以上ではないだろうか
ほむらが影のまどかであるからこそあの展開を描いたところもあるんじゃないのかなあと思うんだな
まあ、以降は関係ない話になるが
なんというかデモンベインの大十時九郎とマスターテリオンを思い出したな
お互いの力の根拠はループ(最低でも1000回以上、年数にすると最低でもざっと5万年ぐらいか)にあるわけだが
大十時九郎の場合は大十字九郎自身が力を持つのではなくてループごとに鍛え上げられるデモンベインであったり
覇道財閥の開発する技術そのもので(ここは古橋版デモンベインの解釈だが)
大十字九郎自身ループごとにリセットされて記憶すら持たない
一方マスターテリオン自身は記憶も力も保持したままループを続け魔術師としての極みに到達してる(と思われる)
大十字九郎の方はマスターテリオンに対して基本的には何も思ってなくて彼の組織が行なう所業への怒りしかないのに対して
マスターテリオンは九郎に焦がれてるところまで同じだw
もっとも自分をループから解放してくれるものとして焦がれてるわけだが
さらに、マスターテリオンのモデルはアレイスター・クロウリーだが
作中ではマスターテリオンという名前には聖書の獣というニュアンスが込められている
この部分はブラックロッジの構成メンバー及びその関係と
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%84%E7%AB%9C
を見比べるとわかりやすいが
ウェスパシアヌスの息子(デモンベインの方はウェスパシアヌスの実験体として生まれる)であり
ネロと同一の存在として扱われるドミティアヌス(デモンベインの方はネロ=エンネアの胎内に息づき、彼女の中から生まれる)
つまりは聖書における悪魔と言うわけだ
もうまどかとほむらがレムリアインパクトとハイパーボリアゼロドライブの撃ちあいをしても驚かんね、俺はw
まどか☆マギカ新編が蛇足という意見を見て(ネタバレ注意)
まあ思い切りネタバレ感想です(´・ω・`)
まあ賛否両論だろうというのはパンフレットの中で虚淵氏も言ってたし、当初の虚淵案自体まどかのお迎えで終わる案で、それでは監督もプロデューサーも続きが作れないという理由でOKが出なかったという話みたいなんで
続編を作れるようにああいうラストに持っていった意味では蛇足と言われるのはわかる
だが当初の虚淵案までの部分は全くそう思わないんだよなあ
なぜならテレビ版及び映画前編後編のラストではほむらの拠り所はまどかの作り出した法則とともに生きているという事実であり、望みは穢れに冒されて死亡する時にはまどかともう一度会えるという所だったはずと思うんだな
であれば今回の当初の虚淵案はほむらの願いが叶う作品だったわけだ
俺はそのほむらの願いが叶うところが見たかった。
だからそれを阻んで実験までやらかしてたインキュベーターたちには相当頭に来た
実際にその願いが叶いそうなところでは正直泣きそうになった、だが話はそういう着地の仕方を選ばなかったw
まあ、そこまで嫌いな終わり方でもないけども続編を作るためにそうしたというならとりあえず俺はその続編の出来を見てから叛逆の物語の評価をしようと思うし同じ考えの人もそれなりに居るようだ。
つまりは続編がダメな出来だったらこの映画の終わりも含めて俺と、俺と同じ考えの人から否定されうると思うぞって話なんだけどな。
古橋版デモンベインの火星強襲とかでこういうどんでん返しの(しかもハッピーではない)終わり方に耐性があるのかも知れんが
ナイア「あ、この流れはやっぱ無しで」で作品をほぼ否定されたからなw
まあ、作品全体としては面白かったと思う。ナイトメアの浄化はちょっと受け付けない描写だったけど('A`)
変身シーンも正直どうかと思ったけど('A`)(ただ妙に狂気的だったりガラスのようなものの「破壊」とか内側から「破る」描写だったり、二つのシルエットの「融合」が目立つあたり色々含めて作ってるなとは思ったけどね)
マミさんとほむらのアクションはガン=カタなのは単純にカッコええし
さやかがえらくカッコいいわ知識を持っててむしろほむらを導く役だわでさやか好きとしてはテンションあがりっぱなしでしたわ、ええ。
ほむらのマミへの行動やら、ほむらの願望を反映してると思われるナイトメアとの戦い方がコンビネーション主体だったりで、本編で全てを切り捨ててたはずのほむらの内面が垣間見えたりする書き方だったのも実に本編を補完してると思うしな
ネタバレ「地獄でなぜ悪い」が風刺な気がしてならんのは俺が偏ってるからなのだろうか
完璧にネタバレなんで注意
園子温監督の「地獄でなぜ悪い」を見た。
氏の作品は一本も見てないしヤクザ映画も見てないんであれなんだが・・・
まあとりあえず冒頭にも使われてる作中CMを見ていただきたい
http://www.youtube.com/watch?v=viU4P_XG_eA
実にロリコンホイホイであるというか幼子のパンツが見えてる('A`)
いや、最初は「あー、ロリコンが喜びそうなアレだなあ」と思ってたらいきなりパンツが見えて
「いや、なぜこの撮影を使った('A`)リテイクしてやれよ('A`)」としか思わなかったんだが
まあ、実際に作品を見たらロリコンか映画キチガイかヤクザしか登場人物が居なかったのでいいんじゃないでしょうか(´・ω・`)
ただ最後まで見るとどうにもニュアンスがかわって見えてきた
出所する奥さんの為に「娘が映画に出たぞ」と教えてあげてたのに
娘さんが逃亡してポシャってそれが言い出せず「自分たちで映画を作ろう」とするヤクザたち
その逃亡やらに巻き込まれた青年
後にヤクザに依頼されて「抗争」をそのまま映画として撮ることに承諾する事になるが、
それとは独立したエピソードとして描かれてた監督、二人のカメラマン、ブルースリーのトラックスーツを着たアクション担当の俳優といった映画キチガイたち、ファック・ボンバーズ
(抗争相手のヤクザと一度だけ面識があり)
そういう筋道がちゃんと描かれて、映画を撮り始めるまでは作品として成立してるんだが
いざ撮影が始まるとヤクザの奥さんのために映画を作るとかその辺りが完全に吹き飛んでしまう
最初は刀だけでのアクション(殺し合い)、途中から親分が死んだ復讐で音声のチーフが銃を使って、それをきっかけにして銃での殺し合いが始まり、そして途中から映画キチガイの仲間のカメラマンたちがアサルトライフルを乱射しながら撮影を続け、そして死ぬ。
っていうか殆どの登場人物が死ぬ。
そして警察が入りだして銃を乱射してヤクザたちを殺し
「次!」と言いながら別の部屋に入ってヤクザたちを殺しを続ける
ブルース・リーの素手アクションの部屋に入ったときだけ
「これは映画だ、映画じゃないか」と言って手を止めるが警察に襲い掛かった時点で乱射して殺す
そしてファック・ボンバーズの監督だけは生き残り、カメラからフィルムと録音機材から音声素材を取り外して逃亡し、狂った笑いを上げながら逃げ続け「地獄でなぜ悪い」のタイトル。
蒲田行進曲っぽく映画上映後のカーテンコールっぽい事をしたと思ったらそこからまだ監督が走るシーンに戻りエンド。
エンターテイメントやコメディとしてみるとあまりにも異質なんだ
映画秘宝の町山氏の発言やパンフレットで言及されてる、巻き込まれた男と映画監督は園子温氏自身をモデルにしてるらしい事を考えると
色々と穿って見てしまう
「抗争をそのまま撮る」のがいわゆる「実録物」のメタファーなのだろうかとか思うとなおさら。
あの高笑いしてる監督は「コメディやらの振りをして血みどろのヤクザの抗争を映画にしてやったぜ!」と笑ってる監督自身なのではないだろうか
作中で巻き込まれた男がアクシデントでコカインを吸引してキマってるシーンがあるが、あれは全く必要が無いシーンだ
「ギャグの振りをしてコカインをキメるシーンを撮ってやったぜ!」
と高笑いしてるのではないだろうか
などと考えると「幼女のパンチラ」もあえてそれを撮ったのかなあという気になるんだ
そして性質が悪いのはこの風刺っぽい部分も「風刺であるとカモフラージュして血みどろアクションを撮りたかっただけなんじゃないのか」とも思えるところだ('A`)
ヤクザ映画をそれなりに鑑賞してる人に質問をしたり、2chのスレでそれとなく話題を振ってみて反応を見て
「警察が乱射するのはよくあること」との回答を得たが、どうにも俺の疑念が拭えないのでここに排泄(´・ω・`)
EVA新作に対するにわかに沸きあがってきた不安
https://twitter.com/801_CHAN/status/270828878652649472
特例A−801@notネタバレ
@801_CHAN
「アニメではない」はネタふりであったね!小首傾げてる若人と、お前会社何時に上がったんだ?っていうサラリーマンのニヤニヤが心地よかったね!
やおいちゃんの中の人平常運転である。
確かに「これはアニメではない、エヴァだ」ってのはこういうことだったのかと思ったんだけど
ふと気が付いた。
「新世紀エヴァンゲリオン劇場版Air / まごころを、君に」からして
よくよく考えたら純然たる「アニメ作品」じゃないんだ、実写つかって説教始めたしね
・・・まさか新作でも実写つかわんだろうなと思って急に不安になった
この14年で何があったかっつーと監督は結婚しておられるわけですよ
それはもうそのあたりに関するプライベートビデオがアホほど貯まっててもおかしくないわけですよ
それを途中から延々たれ流して
「俺はこの14年で結婚したぞ、お前らはいつまでそこにとどまってる」
と言うような説教をし始めるわけですよ
(お子さんは生まれたんだっけ?もし生まれてるんならその映像もそれはもう垂れ流すわけですよ)
・・・まあ、流石にやらんと信じたいがこれだけはやめて欲しいよなあ
いや、昔からの奴に説教かましても
「またかよ庵野」「庵野死ね」「サーセンwwww」ぐらいでスルーするし
俺にいたっては「もっとwもっと殴ってくれwもっと罵ってくれw」ぐらいの心境だが
新しく入った人にそんな説教されても
「14年前とか言われても知らんがな」
「14年前とか俺赤ん坊だぞ」
でしかないわけで。
なんというかその人らを俺らへの説教に付き合せないでやって欲しいなあ
という意味でも今度はどうかエンタメ狙ってください('A`)
説教は別の媒体で書いてくれたら傾聴するから('A`)
EVA:Qに関する自慰的文章
具体的な事は何も書いてないけど全体的なカラーのネタバレになるので閲覧には注意してください
実のところ、俺は旧エヴァンゲリオンをアクション意外で優れた作品だとは思っていない
パーツは精巧に見えてつながりはぐちゃぐちゃで
(みんな一度は男の戦いのラストから次のエピソードの頭の繋がらなさに戸惑ったんじゃないだろうか)
様々な謎や伏線は置き去りで、厚みがありそうに見えてその実薄っぺらな張りぼてで、もちろん中身はがらんどうで
登場人物はどんどんそのキャラクター性を破綻させていき、アスカは壊れ、レイはそれまでの積み重ねを失い、
シンジはある時点からただひたすらにぐじぐじと悩みながら内に篭り
凄惨さはインフレを起こし続けて最後はただ過激な人体破壊や流血へと至り。
あのクソヒゲ眼鏡の込めたメッセージと言えば無粋な説教で
いうなれば虚飾の塔だったんだ、エヴァンゲリオンってものは
だからスキゾ・エヴァンゲリオンやらパラノ・エヴァンゲリオンなんて書籍は出るしアニメージュの特別コーナーでも大概disられた
だけど、それでも、当時の俺を、俺達を魅了してやまないものだった
あの旧劇場版でつながりが切れて釈然としないものを抱えながらも熱狂から日常に戻った
そして時代が下り新劇場版ヱヴァンゲリヲンが始まった
序、破と見て俺は確信した、今度はエンターテイメントに徹しようとしてるのだと
シンジ君は明らかにヒロイックに変貌するわモテまくりだわで、ヒロイックなのはともかくモテまくりなのはむしろ居心地が悪いほどだった
俺の知っているエヴァじゃなかった、当たり前だ、ヱヴァンゲリヲンなんだから。
だけど、きっとそっちの方が正解で、一抹の寂しさを覚えながらもヱヴァが日向を歩ききるのを見届けようと思っていた。
だが、あのクソヒゲ眼鏡はやりやがった。
Qでいきなり無茶苦茶始めやがった。それは確実にヱヴァじゃなくてエヴァだった
新規の人たちや若い人たち、旧作を知った上で「糞だった」と完全に結論付けてた人たちはきっと置いてけぼりを食らったのだろう
ヱヴァQの話をしよう - 脳髄にアイスピック
この人の感想は全面的に正しい、「アークグレンラガン」「オプティックブラスト発射しそうな変なバイザー」という例えからして
庵野秀明の過去作どころか旧エヴァすら見ていない。旧劇場版を見たときの俺と同じなんだ、そりゃdisりまくるに決まってる
だから具体的なダメなところは俺は書かない、この人が全てを書いてるから。
だけど、この人が書いている「無茶苦茶」なところが俺にとってはヱヴァじゃなくてエヴァなんだ
虚飾まみれのくせに俺達を魅了した、14年経ったあとも何故か注意を向けざるを得ないエヴァンゲリオンなんだ
ご丁寧に14年前から何も変わってないシンジ君こと「俺達」をアスカことクソヒゲ眼鏡が「馬鹿じゃなくてガキだ」「進歩してねえ」と全力でぶん殴るというおまけつきで
それを喜ぶ「俺達」。もはやメッセージやら説教じゃなくて完全にSMプレイだね
きっと旧劇で「僕を殴ってよ、もっと罵ってよ!」と昏睡するアスカに迫ったシンジ君の願いが今叶ったんだなw
ずっと仲の良かった友人がそのダメダメさを露呈させつつどこかに行き
それでもずっとそいつの事が気になってたらなぜか完璧超人になってて俺と全然違う人たちと仲良くしてて、寂しさと共にそれを見送ろうと思ったら
彼が急にに過去のダメっぷりの馬脚を現しながらこっちに来た、それは決していいことじゃないのになぜか嬉しさを禁じえない、俺にとってはそういう作品です、ヱヴァQは
ただ、そのダメっぷりを俺に見せるのはこの一度だけで十分だ、正直観客を失望させるのはそれほど問題だとは思わない、10年も経てばただの笑い話になる
悪くて「エヴァは糞」「庵野死ね」という悪意を持ち続ける程度で実害は無い
だけど今回ビジネス的に色々提携してるわけだろう。んで担当者が「わかってる」程「お、今回はエンターテイメントに徹するのか」と判断して協力する事になったわけだろう
そっちに泥を塗るべきじゃないよね、実害でちゃうし
だから、次は俺達のことなんかもういいからまた日の当たる道を歩いて欲しいと俺は思う。
ん、我ながら酔いまくったキモイ文章だ、自分で分かってるからあまり突っ込まないでくれると嬉しい(´・ω・`)
だけどどうも書かずにはおれなかったんだなあ